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最高裁判所第三小法廷 昭和63年(行ツ)181号 判決 1989年4月25日

東京都中央区日本橋本町一丁目一番八号

上告人

丸静商事株式会社

右代表者代表取締役

谷口好雄

右訴訟代理人弁護士

矢島惣平

長瀬幸雄

久保博道

東京都中央区日本橋堀留町二丁目六番九号

被上告人

日本橋税務署長

野見山雅雄

右指定代理人

植田和男

右当事者間の東京高等裁判所昭和六二年(行コ)第八九号法人税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和六三年九月六日言い渡した判決に対し、上告人から全部棄却を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人矢島惣平、同長瀬幸雄、同久保博道の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、失当である。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡満彦 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己)

(昭和六三年(行ツ)第一八一号 上告人 丸静商事株式会社)

上告代理人矢島惣平、同長瀬幸雄、同久保博道の上告理由

一 上告理由第一点(経験則違背)

原判決は、上告会社の昭和五五年四月一日から同五六年三月三一日までの事業年度の利益処分による役員賞与金(以下本件役員賞与金という)につき、昭和五七年六月一八日に開催された上告会社の取締役会において各役員ごとの支給額が決議(以下本件支給決議という)され、上告会社の債務として確定したと認定した。

しかし、この認定は、以下のとおり明らかに経験則に反するものである。

1 原判決は、右の認定にあたり

<1> 本件役員賞与金と源泉所得税との関係を知悉する小川税理士の関与のもとに右税の納付がされたこと

<2> 上告会社が本件役員賞与の支給額の確定を前提としてその後その免除決議及び確定申告書の提出をしていること

<3> 東京国税局の調査に際しての上告会社側の態度

<4> 本件役員賞与金支給の動機と本件支給決議の内容

<5> 本件支給決議にかかる取締役会議事録の体裁

<6> 本件支給決議にかかる取締役会の開催を仮装しなければならなかつたと思われる事跡がないこと

を指摘している。

2 しかし、仮りに右<1>ないし<6>の事実を前提としても、原判決の如き結論を導くことは、経験則に反するといわねばならない。即ち、原判決も次の事実は、事実上認めているところである。

(1) 本件支給決議なるもの(上告人はこの決議の存否自体を争つていたのであるが、本件上告審の構造に鑑み、この点の主張はやむなく控えることとする)は、本件役員賞与の総額が株主総会で決議されてから、一年以上経過してのものであること

(2) 右支給決議なるものは、日本橋税務署より源泉所得税を納税すべき旨の通知があつたことを契機とするものであつたこと

(3) 前記株主総会の決議は、単に役員賞与の総額が決議されただけで各役員毎の支給額は確定しておらず、上告会社の債務として確定していなかつたから、日本橋税務署からの右通知は、本来源泉所得税の納付義務のない上告会社に納付を促すもので、客観的には誤りであつたこと

(4) 上告会社は、本件役員賞与金について、株主総会でその総額の支給決議がなされていれば、会社の債務として確定しており源泉所得税を納付すべきものと誤解していたこと

そのため、前記通知に対しても、上告会社は、本件役員賞与は各役員毎の支給額が決められておらず会社の債務として確定していないから、源泉所得税の納付義務もない旨回答することをせず、右源泉所得税の納付のために、本件支給決議なるものをなしたこと

(5) 従つて、本件支給決議なるものも

「各人別の配分額が決まらず未払となつたままの第二六期(中略)の益金処分役員賞与について日本橋税務署から未払の場合であつても源泉所得税を納税するようお知らせがあつたから、源泉所得税納税のため暫定的に各人別に配分額を決め納税することとするが、賞与の支給は業況が悪く純資産額も低いため未払のままとする」

とされていること

以上よりすれば、本件支給決議なるものが、現実に各役員に本件役員賞与を支給することを目的としてなされたものではなく、もつぱら納税額の計算上なされたものにすぎないことは明らかである。

ちなみに、前記のとおり本件支給決議なるものは、「各人別の配分額が決まつていない役員賞与について納税の通知があつたから納税のため暫定的に配分額を決める」となつており、上告会社において、各人別の配分額が決まつていなければ会社の債務として確定しているとは扱われず、従つて源泉所得税の納税義務もないとの認識がなかつたことがうかがえる。即ち、この点で、上告会社に前記(4)の誤解(即ち、各人別の支給額が決まつていなくても納税の義務があるとの誤解)があつたことは明らかである。

従つて、本件支給決議なるものは、右誤解を前提としてなされたものであり、役員賞与の支給自体については、従前と同様のままの状態に据え置く意図であつたことが明らかである。

右支給決議なるものに「暫定的」との言葉が使用されているのも、このような趣旨からにほかならない。

3 本件支給決議なるものの法的評価にあたつては、前記1<1>ないし<6>の事実と共に、前記2の(1)ないし(5)の事実もあわせ考慮すべきであり、これらを考慮すれば、仮りに本件支給決議なるものが真実存在したとしても、いまだ各役員個人は会社に対して具体的な役員賞与の支払請求権を取得したものとみることはできないのである。従つて、この支給決議なるものをもつて本件役員賞与が上告会社の債務として確定したものとみることは、経験則に反すると言わねばならない。

また、原判決は、「暫定的」との用語をもつて、債務としては確定しているとの判断を前提として、単に不確定期限を定めたものと解するのが相当であると判示している。しかし、本件支給決議なるものの前後において、上告会社の役員賞与の支給に関する意向に何ら変化がなかつた以上、本件支給決議なるものによつても、役員各人は具体的な請求権自体を取得することはなかつた、即ち、債務としては確定していなかつた、だからこそ「暫定的」との言葉が使用された、とみるのが経験則に合致する。従つて、原判決のこの用語の解釈もまた誤りと言わざるを得ない。

4 以上、本件支給決議なるものによつて、本件役員賞与が上告会社の債務として確定したとの原判決の判断は、経験則に反するものである。

二 上告理由第二点(法令違背)

原判決は、二重課税禁止の原則に関する判断を誤つた法令違背が存在する。

1 原判決は、本件役員賞与金につき、<1>各役員毎の支給額が確定し、上告会社の債務として確定していたこと、<2>その後上告会社の取締役会において右役員賞与金の支払債務を免除する旨の決議(以下本件免除決議という)がなされたことを認定した。

そのうえで、原判決は、本件免除決議によつて上告会社に発生した債務免除益(以下本件債務免除益という)は、本件役員賞与金の原資たる課税済みの利益とは別個のものであり、同一の利益ということはできないとして、右債務免除益に課税することは二重課税とならないと判断した。

しかし、右二重課税の点に関する判断は、以下のとおり明らかに誤りである。

2 一般に二重課税とは、同一体に帰属する同一の利益について重ねて課税することをいう。そして、二重課税禁止の原則は、税法を貫く基本原則であり、これに反する課税処分は、違法となる。

二重課税となるか否かで通常問題となるのは、「利益の同一性」と「利益の帰属主体の同一性」の二点であるが、本件では、利益の帰属主体が同一であることは明らかであるので、問題となるのは、前者の「利益の同一性」である。

即ち、役員賞与金は、利益処分として行なわれるものであり、既に法人税が課税ずみのものである。従つて、この役員賞与金とその免除益とが、同一の利益と見られるならば、この免除益に課税することは、明らかに二重課税となる。

上告人は、この役員賞与金とその免除益とは、同一の利益であると主張してきたのであるが、原判決は両者は同一のものではないと判断した。

しかし、原判決は、結局のところ両者は同一の利益ではないとの結論を述べているだけで、その理由を述べていない。確かに原判決は、右の結論を述べるにあたり、

<1> 役員賞与は、各役員毎の支給額が確定すると会社は確定的に債務を負担することにより、経済的に同額の資産が社外に流出することになる。そして、役員賞与金の支払が免除されると、会社にとつて免除相当額の資産が増加することになるとか

<2> 未払役員賞与につき支払の免除を受けることは、役員賞与金を一旦支払つた後に同額の金員の贈与を受けるのと経済的には何ら異なるところはない

と述べている。

しかし、右<1>や<2>の点は、それ自体は、ある意味では当然のことであり、上告会社としてもそのこと自体を否定してかかつているわけではない。右<1>についていえば、債務の確定によつて社外に流出したとみられる資産と、その免除によつて増加することになつたとみられる資産とは、同一性があると主張しているのである。<2>について言えば、役員賞与の免除を受けることが、役員賞与を一旦支払つた後に同額の金員の贈与を受けるのと経済的に同視しうるとしても、その贈与と同じように見うる利益は、既に課税ずみの利益と同一であると主張しているのである。

結局右<1>、<2>の点は、それだけでは利益の同一性を否定する実質的な理由となり得ないのである。

3 ところで、役員賞与を現実に支払つた後、別途何らかの理由により役員から同額の贈与を受けたとしても、それは単に金額が同じだというにすぎず、贈与金はもはやその前に支払つた役員賞与金と同一性質のものということはできない。金銭自体は無色なものであり、一旦支払われれば、債権者のその他の資産と混同し、役員賞与金との性質はなくなるからである。

しかし、役員賞与が現実に支払われず、単にその支払債務を負つているという場合には、事情が異なる。その債務は、単なる無色の金銭の支払い債務ではなく、あくまで「役員賞与金」という形で特定された金銭の支払い債務だからである。

従つて、そこの役員賞与金の免除も、単なる無色の金銭債務の免除ではなく、あくまで役員賞与金の支払い免除である。

そして、法的に債務を負担しているということが、その債務相当額の資産につき、社外流出しているものと同様であると評価できるとしても、それはあくまで観念的な資産関係の計算上での評価にすぎない。未払の過程において現実に資産の流出があつたわけではなく、またその免除があつた場合に現実に資産の増加が生ずるものでもないのである。

支払うべきものが免除により支払わなくてよくなつた場合、その支払うべきものと支払わなくてよくなつたものとは、あくまで同一のものであるというのが、極く自然で、当り前の発想である。

このことは、一般国民の素朴な法感情であると言えよう。

誰しも、一旦課税ずみの役員賞与につき、それを支払わないことにしたらもう一度税金をかけられるというのでは、如何にも不合理であり、納得できないと思うのではなかろうか。

法の解釈も、あくまでそのような法感情に則したものでなければならない。税法の仕組みや規定が、他の法律関係に比較して極めて技術的なものであるだけに、なおさらこのような点は重視されるべきである。

4 ちなみに、税務当局者も役員賞与の免除益に課税することが二重課税になることを事実上認めているのである。

このことは、法人税法基本通達四-三-三に関する解説として、甲第一六号証(国税庁長官官房首席監督官掃部實、同直税部審理課長有安正雄監修「逐条解説法人税関係通達総覧」一一一一頁)に、次のように記載されていることからも明らかである。

「株主総会の決議等により支払の確定した役員賞与をその後受給者がその受領を辞退した場合には、債務免除益として益金の額に算入される(法二二条二項)。しかし、役員賞与は課税所得の計算上は、原則として、損金不算入として課税済である(法三五条一項)から、この未払賞与の債務免除益を益金の額に算入して課税すると二重課税となる」

これは極めて常識的でもつともな見解と言えよう。

5 以上、役員賞与金とそれの免除益とは、同一の利益と言うべきであり、両者に課税することは、明らかに二重課税の違法を犯すものである。

三 上告理由第三点(憲法違反)

原判決は、憲法上の原則である租税法律主義の原則(憲法第八四条)に関する判断を誤つている。

1 法人税法基本通達四-三-三は、役員賞与の免除益につき、業況不振等一定の場合にこれを益金に算入しない、即ち課税しないものとしている。

しかし、いかなる場合に課税され、いかなる場合に課税されないかは、法律または法律によつて具体的に委任を受けた命令によつて定めなければならない。

単なる通達でもつてこれを定めることは、明らかに憲法八四条の定める租税法律主義に違反する。

2 原判決は、上告会社の右主張に対し、右通達の適用によつて上告会社に対し本件課税処分がなされているものではないから、上告会社の主張はそれ自体相当でないとして、これを退けた。

しかし、この判断は明らかに誤りである。

確かに前記通達の文言は、業況不振等の場合には役員賞与の免除益を益金に算入しないという形になつており、本件の場合は、この業況不振等に該当するものではないとされたものである。この点をとらえて、原判決は、本件課税処分はこの通達の適用によつてなされたものではないというのである。

しかし、この通達が業況不振等の場合に益金に算入しないと定めているということは、即ちその反面として、業況不振等以外の場合には益金に算入すると定めているということに他ならない。

要するにこの通達は、役員賞与の免除益の益金算入の問題について、一定の場合に算入し、一定の場合に算入しないことを定めているのである。言いかえれば、この通達は、当該免除益が益金に算入される場合と算入されない場合とを振り分ける機能を果たしていると言えよう。

通達の文言が、一定の場合に算入しないという規定の仕方をしているのは、単に文章立案上の技術的な一方法にすぎないのである。

従つて、本件課税処分もまた、この通達の適用を受けた結果として、この通達が益金に算入しない場合として定める要件に該当しないものとされて、課税されたものと言えるのである。

従つて、このような通達に基づいて課税された本件処分は租税法律主義に違反するものとして取消されるべきである。

また、以上よりすれば、このような通達が租税法律主義に違反するか否かの判断を回避した原判決の態度は、明らかに誤りである。

以上

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